の日にさようなら






目の前をはらはらと舞い散ってゆく、薄いピンクに色づいた花びらを見ていると頭痛がする。確かあいつのすきな色はピンクだったっけ、とぼんやり思う。顔とか声とか、そーいう肝心なのは思い出せないくせに、どうでもいいことばかり気が付くと思い出してる。

声は高かったっけ、それとも低かったっけ? 身長は確かオレよりも低かった、そんな気がする。瞳の色はどんなだったっけ。黒かったのか茶色かったのか青かったのか、あるいは緑だったのか。それすらも思い出せない。

ああ、だけど髪の毛の色は憶えてる。思い出せる。真っ黒な色をしていた。彼女の真っ黒な髪の毛にはピンクがよく映えたのだ。それを憶えている。今でも思い出せる。こんなにもはっきりと。

故郷を出てから、あいつには1度も会っていない。何度か帰ったけれど、それでも家を訪ねることは出来なかった。なんて意気地なし。時間がなかった、そんなのただの言い訳で。

顔が思い出せない。声が思い出せない。瞳の色が思い出せない。記憶の中の彼女は、もうただの情報に成り下がってしまった。不甲斐ない自分のせいで。申し訳なく思う。あんなにも、自分は彼女のことを思っていたのに。それなのに。

思い出せないのか、思い出そうとしていないだけなのか、それとも思い出したくないだけなのか。何かの切っ掛けさえ掴めたならば、オレは彼女を、あいつを思い出すことができるのだろうか。だけど目の前をはらはらと舞い散ってゆく、薄いピンクに色づいた花びらを掴むことが困難なように、いつまで経ってもオレはその切っ掛けを掴めないままでいる。

花びらに邪魔されて、向こう側が見えないのだ。

思い出は風化する。故郷に咲いていた、大好きだった花の色でさえ曖昧だ。そしてそれは一体どこに咲いていたのだろう。もう思い出せない。少しずつ、だけど確実に薄れてゆく。花びらの向こうに埋もれてしまう。

そんなとこに隠れてないで、出てくればいいのに。そう思ったのはきっと、1度や2度じゃない。

目の前をはらはらと舞い散ってゆく、薄いピンクに色づいた花びらを見ていると、頭の奥がずきずき痛む。狂ったように目の前を通り過ぎてゆく。思わず手を伸ばした。





――花びらをね、地面につく前に右手で3枚掴めたら、願い事が叶うんだって





頭の中で弾ける。その言葉が文章として甦る。ああ、そうだ。あれはきっと、この花が大好きだったあいつの言葉。

鋼の腕を伸ばす。花びらを掴む。1枚、2枚、・・・3枚。

ああ、これで思い出せる。きっと。彼女の顔。声。瞳の色も、何を思っていたのかも。きっと全て、思い出せる。

掌の花びらを握り締めて、確かめるように、呟いた。





「・・・





薄いピンクに色づいた花びら。狂ったように目の前を舞い散ってゆく。
それを見たってもう頭の奥は痛まなかった。





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20040211...エド。あいたくて、あいたくて仕方がない。