イダー







「ぅあー・・・あっちぃー」
「だまれ千石、余計に熱い」

テーブルの上で所在なさげな解きかけの問題集は解きかけのまま。マンションの広告が書かれた団扇が作るのは中途半端な風ばかり。冷たいはずのサイダーも今となってはその役割を果たしていない。窓の外はうんざりするくらいの青空で、風も全く吹きもせず。部屋に溜まった熱気は快適な生活と共におれらのやる気も奪ったらしい。

「ねえ南ー・・・なんでクーラーないのこの部屋」
「・・・贅沢は敵だ」

ともすれば放り出してしまいそうになるシャーペンを、部活で鍛えた握力を駆使して必死になって握り締め、問題集に向かってみる。下を向いたら途端に汗が頬を伝い、ぽつりとノートに染みを作った。贅沢は敵だと確かにおれは断言したが、ここまでくると流石に辛いものがある。もしかしたら今日の最高気温は31度とか言っていたかもしれない天気予報を、必死になって思い出す。頭の中に浮かんできた、いかにも夏らしい涼しげな格好をしたお姉さんは、にこりと笑ってこう言った。今日の最高気温は34度です、お出掛けの際には熱射病に十分注意してくださいね。

・・・34度、だって?もしかしてそう言った?お姉さんそう言ってた?

思い出してしまった情報を頭の中で繰り返し、そしてげんなり項垂れる。だって34度。何が悲しゅうて34度?34度でクーラーもなしに只管数学の問題集を解けなんて拷問だ。今ので完全にやる気は削がれてしまったらしかった。

まるで気の抜けたサイダーのよう。
千石に倣ってごろりと床に寝転んだ。

「てゆうかさ、」
「・・・なんだよ」
「オレらチューガクセーだよ?」
「しってる」
「青春真っ盛りの!」
「はいはい」
「それが!こんなふうにごろごろしてるってどうなの!」
「あー・・・」

それから千石はがばりと起き上がり、こんなんじゃいけない・・・と口元に手をやってぶつぶつ呟く(オレはニヒルな笑いが良く似合う夏の男を目指さなくてはならないのに・・・)(ぶっちゃけどうでもいい)。

「最後の夏休みなのに・・・!」

最後の夏休み。中学校生活最後の。その言葉にぴくりと反応してしまった自分に気が付いた。広げっぱなしの問題集。ノートの上には散らばった消しゴムのカス。その上に転がるシャーペン。マンションの広告が書かれた団扇。汗をかいたコップ。それから、

気の抜けたサイダー。

ぼんやりと、何を思うわけでもなく。只管にそれを見つめる。下から上へ。浮かんでは消えてゆくサイダーの泡。ひとつ、またひとつ。繊細な彼らはちょっとのことで浮かんで沈んで。そしてそのまま消えてしまう。それは、まるで。

おれ達のことみたいだ、なんて。
不覚にも、そう思ってしまったりもして。

「・・・千石」
「ん、なーに南チャン」
「・・・」
「ごめんごめん、ごめんってば。何、南?」
「・・・海」
「・・・へ、」
「こっからチャリで、海」

目を丸くした千石は、それから団扇をパタパタやって、視線の先は窓の外。暫く経って手を止めて、こっちを見てからニヤリと笑う。

「・・・今日、帰ってこれないかもよ?」
「最後の夏休み、いいだろそれくらい」
「まあ、青春するには持って来いだね」





ほらな、ちょっとのことで浮上する。





空は青くて雲は白い。最高気温は34度。
浮かんで消えたサイダーの泡、それだけを道連れに。
風もない、うだるような暑さの中を、2人のチャリは進んでく。





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200407...夏色お題10より。南ちゃんと千石のコンビが、たまらなく好きなんです。