知ってるよ。キラリと光る流れ星。 何かの切欠がないと思い出せないくらいの遠い記憶があるならば、僕にとってそれは彼女だった。例えば星が瞬く瞬間に、もしくは流れた瞬間に。ああ、あんなこともあったなって思い出す程度の。頻度はさほど重要じゃなくて、本当に大切なのはここで僕がどういう行動にでるか、ってこと。多分。けれども今の僕じゃ思い出したところで何を出来るわけでもなく、可能なのは机の引き出し引っ掻き回して断片的な記憶を頼りにそれを探すことだけ、それだけ。おかしいな、確かここにしまったはずなのに、ぶつぶつ一人で呟きながらあっちもこっちもひっくり返して軽く落胆。断片的な記憶の欠片ほど、頼りにならないものはない。 ここにもないならもう最後にしよう諦めよう。そう思いながらも次から次へと手を伸ばす。もしかしたらここにあるかもしれない、ひょっとしたらあそこかもしれない。最後に見たのもいつだったか思い出せないのに。 「・・・あ、」 例えば何かの切欠がないと思い出せないくらいの遠い記憶があるならば、僕にとってそれは小さな消しゴムと、それから小さな鉛筆キャップだった。イチゴ柄の鉛筆キャップと、あの頃流行った、少し変わった形をした消しゴム。イチゴの香りがついていた、それ。盗むつもりなんてなかったのにな、小さく呟きながらも机の1番下の引き出しの、1番奥に仕舞われていたそれを手に取った。ご丁寧にも小さな箱に詰められて、イチゴの香りは薄れてしまっていたけれど。それでも、ふわりと漂う微かな香りに。 『・・・けしゴム、かしてくれる?』 隣の席に座っていたのに、会話はそれが最初で最後。それ以外に彼女と話した記憶はなくて、それでも決して忘れない。だってそれは僕の一世一代の大決心。彼女に話しかけるのに、僕は一生分の勇気を使った気さえしたのだから。 僕は彼女の一挙一動を見逃すまいと、それでも緊張している自分を悟られたくなくて、にこにこ笑いながら。わすれちゃったんだ、そう言う僕を彼女はじっと見つめていて。それから少し経ってから、ものを大事に扱う彼女は、傷ひとつないペンケースからイチゴの消しゴム取り出して、はにかみながらこう言った。 『あのね、それ、イチゴのにおいがするんだよ』 まるで内緒話をするかのように、口元に手をあてて。きょう1日、かしてあげるね、そう言って笑ったときに浮かんだえくぼがひどく印象的で。彼女はすぐに前を向き、先生の話を聞きながら鉛筆を少しだけいじって、2度とこっちは見なかった。 「・・・元気かなあ」 小さな消しゴムと小さな鉛筆キャップを握り締め、満天の星空の下、ベランダに出てそれをかざしてみる。小さな消しゴム、小さな鉛筆キャップ。遠い昔の思い出だけど。 馬鹿だよなあこんな夜中に。昔を懐かしんでこんなに部屋を散らかして躍起になって、こんな小さな文具のために。 そう、消しゴムはあの日1日の約束。それを返してしまったら彼女との接点も何もかも消えてしまう気がして。放課後、僕がひとりでそれをためらっているうちに、彼女は迎えに来た両親と家に帰ってしまった。それが、最後。 そうして次の日、お礼のイチゴ柄した鉛筆キャップとイチゴの香り漂う消しゴムを握り締めて登校した僕は、彼女の空のロッカーと机をみて、初めて彼女が転校したという事実を悟る。 馬鹿だよなあ。 何もかもが全て遅すぎた。 もう一度逢って話してみたいとか、笑ったときに浮かぶえくぼを見たいとか。ちゃんと消しゴムも返したいし、あのとき渡せなかったイチゴ柄の鉛筆キャップも渡したいとか。そんなことを思っても、彼女に届くはずがなく。 頭上に広がる満天の星空。 小さな消しゴム、小さな鉛筆キャップ。遠い昔に思いを馳せる。 「・・・」 少しだけ色褪せた、小さな文字を読み上げて、 そうしないともう思い出せない、卒業アルバムにも載っていない彼女。遠くて遠い記憶の中で何だか少し可愛くなって、にっこり笑ってくれるんだ。
知ってるよ。キラリと光る流れ星。 BACK 200407...夏色お題01より。不二くんは繊細な感じ。 |