かなしくてかなしくて胸がぎゅってなるんだよ。何が、なんてそんな野暮なこと訊くのはよしてよね。オレ、今ものすごくおセンチな気分なの。思春期なのよシ・シュ・ン・キ! 前途洋洋の15歳にだって悩みはあるよ。なんかこう、夏も終わってさ、なのにまだ蝉は命も惜しまず夜になってもミンミン鳴いてたりしてさ。なんかこう、ねえ? 泣きたくなるよね。だってさあアレだよ、蝉って7年間を土の中で過ごしてやっとの思いで地上に出てきたと思ったら生きられるのはたったの1週間なんだってよ? オレそんなの耐えられない。信じらんないよね意味ないじゃん。あーあとアレだ、意味ないって言ったらまさにカゲロウって存在価値ないよね。オレさ小学校のときに理科かなんかの授業でカゲロウのビデオ見せられてさーそれがもう、気持ち悪いのなんのって。夜の空をぶわーってカゲロウの大群が飛んでてさ、ほら虫って明るい光によってくるじゃん、車のライトとか! もうね、気分悪くなったよね。カゲロウの大群が車のライトに群がってさ、産卵してんの。で、産んだそばから死んでくんだよね。ホント気持ち悪くてさオレ、その後すぐに給食の時間だったんだけど、いつもは3本飲む牛乳も2本しか飲めなかったし、カレーライスもたったの2杯しか食べらんなくてさーひどいよねホント、あんなの小学生に見せるような映像じゃないよ絶対。ああ話それた? メンゴメンゴ、でさあつまりオレが何言いたいのかっていうと・・・ていうかあの女の子見てみ、すっげスカート短くね? あの子1学期からあんなスカート短かったっけ、もしかして男でもできたかなオレちょっと狙ってたのに! やんなっちゃうよねホント、夏休みの間によろしくやってたんだろなー、オレたちとは大違いだよねそう思わない? 思うでしょ実際、みんな思ってるけど口に出さないだけでしょー? そーいうの身体によくないよ、口に出さないで溜め込んでばっかいるのって。だってほらよく言うじゃん、最近流行ってるじゃんデトックスだっけ? 体内の毒素を吐き出しましょう、みたいな。アレと一緒だよ、定期的に吐き出さないとオレだっておかしくなるよ。何その目、いやいやオレだって実際なかなか繊細よ? ほらほらさっきの、失恋じゃんね、泣きたくなるよね! まあ実際なんのアプローチもしてないけどさ勝手に妄想してただけだけど。オレ一度でいいからあーいう純情そうな子と付き合ってみたいんだよねーお昼に屋上で一緒に弁当食べんの! それも手作り! 憧れるよね彼女ほしいよねホント、まあ実際オレの恋人はテニス以外にいないけどね! あれ、どうしたのみんな黙っちゃって。もしかして惚れちゃった? 俺のかっこよすぎる今の台詞にときめいた? まいったねーもう俺ってば、女の子だけじゃなく男の子にまでモッテモテ! まあ嬉しくないけどねそんなの。オレが好きなのは女の子だけだけどね実際。 千石は一息に喋る。口が渇こうにもお構いなしで喋り続ける。中学校生活最後の夏を終え、テニス部を引退した俺たちは、けれども、それとも尚更だろうか、とにかく行動を共にした。新学期が始まってからもう2週間。ここ最近の朝晩の冷えこみは、一日を半袖一枚で過ごすには少し酷かもしれないが、誰ひとりとして長袖なんか着てこない。意地が邪魔して、なかなか手を出せずにいる。 臭いものには蓋、の原理で、こわいものには目を向けない。 部活を引退してしまったら、放課後になってもこれといってすることもない。ぽつり、ぽつりと人が増え、ここはいつしかたまり場のようになってしまった。一時期この場所で花壇に精を出していた校長も、夏の間におそらくそれを校長室の近くへ移動したのだろう。目の前の景色は、だからちょっぴり物哀しい。そこに色など存在しないかのように、広がるのは埃まみれのアスファルトと使われなくなった花壇だけ。 今の時期こそこの空間は居心地もよく、通り抜ける風もなんともいえない気持ちのよいものではあるが、秋が過ぎ、そして冬になれば、きっとここにはいられなくなってしまうだろう。 期間限定の秘密基地。誰にも言えない秘密の場所は、だからきっと居心地がいい。冬がきたら、いや、もしかしたらその前に、この空間はなくなっているかもしれないから。いつか消えてなくなってしまうその時を、今からさみしく思ったりもする。 ひとり、想像する。冬になって、この場所には冷たい風が吹きすさぶ。その頃にはきっともう、誰ひとりとしてここには来ない。 逃げ出したくて仕方がないのだ。目の前に広がる殺風景な裏庭が、フラッシュのようにちらりちらりと目に浮かぶ、誰もいないこの場所が、不安を増長させてゆく。 姿を見せない奴らが増えた。何をしてるか知っている。自分はそんなの考えたことなどないけれど、このままずっと一緒だなんて、無条件には思えない。いつかバラバラになってしまうなんて、みんながみんな、知っている。けれどそんな当たり前のことが、こわくてこわくて仕方がない。 きっと蝉にもカゲロウにも負けないくらい、ものすごい速さで時計の針はまわるのだ。それをとめたくて、少しでも速度を落としたくて、でも何をしていいのかなんてわからないから、わからない者同士、息継ぎだって惜しんで話し続けてみたり、肩を寄せ合い希望を未来に繋いでみようとしたりする。 ホントはこの空間も、そういうことなんじゃないかな、なんて。 虫けらのような俺たちの明日は、でもきっと誰にもわからないから。 そのまま死んでいくなんてゴメンだ。 誰もここに来なくなったその時はきっと、かなしいだけじゃないはずだ。 冬が終われば春が来るだろ、花も咲くだろ。 俺がそう思った頃には、千石はもう、別の話題にうつっていたけれど。 BACK 20061014...夏色お題06より。途中で話がずれた気がする。みんな不安をかかえてるのよ、て話。 |