それはまるで爆弾のような、





強靭な破壊力をもって内側から外側からボクを壊していく。自覚もなしに鋭利な刃物で瞬時に傷をつけていく。そして時にはにっこり笑って優しく傷を抉るのだ。



それは昔の話。



仔猫を見つけた。鈴のついた赤い首輪をつけていた。ああ、飼い猫なんだ。ほんのちょっとだけ安心して、鎧の掌で頭をそっと撫でてみた。にゃあ、なきながら擦り寄ってくる仔猫。なんだか嬉しくなって、思わず抱き上げる。今度は首の下辺りを撫でてやった。どうやら気持ちが良いらしく、ゴロゴロと音をならし、遂にはそのままボクの腕の中で眠りに入った。純粋に嬉しかった。こんな鎧の身体でも、この仔猫はボクを見捨てない。

まだ鎧の身体には慣れない。あれから1ヶ月も経っていないのだ。当たり前だと思いなおして、いつかはこの身体に慣れてしまう日がくるのかと考える。そんな日は、きて欲しくないと思う。心の底からそう思う。

今日は快晴で、頭上には青い空が広がっている。木々が揺れているから風も吹いていることだろう。だけどそれはわかっても、ボクにはそれを感じることなんてできないのだ。この鎧の身体に染み入るオイルの匂いでさえも、ボクにはわからない。今、この腕に抱いている仔猫のあたたかさだって。

がしゃんと、鎧の身体がさみしげな音をたてた。

「・・・アル?」
「あ、・・・
「あー、また仔猫? エドにどやされるよ」
「大丈夫だよ、なんか飼い猫みたいだから」

それなら平気だ、エドに怒られなくて済むね。あーでも今エドはそれどころじゃないかあー。オートメイル。大変だよねえ。

からからとは笑った。腕の中の仔猫がもそりと動く。首輪の鈴がまた音をたてた。ちりん。

はほんの少しさみしげに、だけど笑いながら仔猫を見る。可愛い、そう呟いた。可愛い。何度も繰り返しながら仔猫を撫でる。ゆっくりと、何度も。

吹き抜ける風がの髪の毛を揺らす。触れてみたい、そう思った。なんで、今更。

「・・・ねえ、アル」
「え?」

は視線を泳がせた。訊きたいことがあって。何? 言ってみてよ。・・・言ってもいいのかなあ、アルが困るかもしんない。平気だってば、言ってよ。だったら。は決心したかのように口を開く。





「・・・あの、・・・あのね、鎧の身体になったら、なったから、もう、わたしには触ってくれない、の?」





それはまるで爆弾のような、





「・・・・・・
「・・・ごめん、変なこと言った」



はそう言ってから俯いた。肩が震えているから、泣いているのかもしれない、多分。けれど昔そうしていたように、泣いているを抱きしめるなんてもうできなかった。動くたびに音をたてる鎧の身体がかなしくてかなしくてかなしすぎて。

「・・・ごめん、ごめんね」

何度も、何度も。の頭を撫でる。左手にぐっすりと眠る仔猫を抱えて、右手で小さくなったの頭を只管に撫でた。

さらさらの彼女の髪の毛の感触も、何も、わからない。

「・・・ごめんね」
「・・・ん、だいじょぶ。もうへいき」

はボクから離れて、顔を上げた。無理して笑うその姿が痛ましかった。それでもボクには何もできない。鎧の身体じゃ抱きしめたって冷たいだけで。

それなのにはふんわりと微笑んでボクにこう言ったのだ。





「ねえ、アルの手って、優しいね。全然変わんない」
だから仔猫も安心して眠っちゃうんだよ。





遠い日の、思い出。





それはまるで爆弾のような。強靭な破壊力をもって内側から、そして外側から、瞬く間に、確実にボクを壊していく。自覚もなしに、鋭利な刃物で瞬時に深い傷をつけては、何事もなかったかのように癒していく。そして時にはにっこり笑って優しく傷を抉り、ボクに覚悟と戒めの意味を知らしめるのだ。何度も、何度でも。





出来ることならただもう1度、きみに触れたいと思う。願う。祈る。
神様なんて信じてないけれど、今はまだ叶わないけれど。





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20040206...アル。暗い。ほんとうはいつだって触れていたい。