何かでり固めた世界







だって、必要ないもの。ウィンリィはそう言って、いつものようにからから笑った。だけどボクにはその言葉の真意がわからなくて、ウィンリィが握っているスパナをじっと見つめながら首を捻るばかり。

何が、と問いかけても、ウィンリィは何も答えなかった。

必要ないもの。しばらくしてから、まるで自分に言い聞かせるかのようにウィンリィは呟いた。ボクに聞こえないように言ったのかもしれないけれど、聞こえてしまったものは仕方が無い。ウィンリィはもう一度、必要ないと呟いて、スパナをぎゅっと握り締める。その横顔が、いつもよりも寂しそうに見えたのは、果たしてボクの気のせいか。

「さあーてと、早いとこ片付けなくちゃ」

じゃなきゃあいつ、うるさいんだもんなあ。頭に手をやって眉間に皺を寄せて、そうしてスパナを持ち直した。見てなさいよ、今日中に終わらせてやるんだから。頼もしいその言葉に、さっきのはきっと錯覚だったのだと思い直して、ボクはただただウィンリィの手元を、兄さんの右腕を見つめる。ちらりと目線を上げれば、ここ数日間徹夜続きな彼女の、幾分疲れが見えるその表情。いくら幼馴染とはいえ心苦しい。

「ごめんね、兄さんが」
「アルが謝ることじゃないでしょー」

だけどこんなにウィンリィが一生懸命頑張ってくれているというのに、当の本人は外で優雅にピクニックだなんて錬金術師としてふざけている。そう思う。単なる八つ当たり、なのかもしれないけれど。

「・・・アルは、行かないでいいの?」
「・・・邪魔しちゃ悪いしね」

窓の外から聞こえる笑い声。兄さんと、の。思わず窓の外に顔を向け、ふたりの姿を見つけたウィンリィがこう言った。

がね、」
「え?」
「うるさいくらい、楽しみにしてたのよ」

あたしのことなんか忘れちゃったみたいだった。ウィンリィは窓の外を見つめたままそう言った。その瞳はとても優しいのに、それでも口調はとても寂しそうで。

「ずっと、一緒にいたのにな」
「・・・ウィンリィ」

ごとんと音を立てて、彼女愛用のスパナは作業台の上に置かれた。窓から入ってくる風がウィンリィの髪の毛を揺らして、彼女の表情を窺い知ることは出来ない。

かなしい顔を、していなければ、いいのに。
その気持ちは、ウィンリィのその気持ちは痛いほどよくわかるから。

そう、だってボクたちはずっと一緒に過ごしてきたはずなのに。それなのにいつのまにか、一緒にはいられなくなってしまった。ふたりは気を遣うなと言うけれど、それでも遠慮してしまう。置いてけぼり。胸にぽっかりと、大きな穴があいたような虚無感。

「あたしなんて、」

ウィンリィは俯いて、声を押し殺すようにして呟いた。必要ないもの。さっきの台詞を思い出す。寂しそうに見えた横顔、とか。





ああ、そうか。
必要ないのは。





――あたしなんて、必要ないもの。





何かがひしゃげるような音。痛みとか、感じられるはずがない鎧の身体なのに。胸が痛くて苦しくて、何かを言おうと思っても途中で詰まって声が出ない。

そんなこと言ったら、ボクだって必要ない。
第一、必要ないわけ、ないのに。そんなわけないのに。

ウィンリィは兄さんとボクの幼馴染での大事な親友で。兄さんにとって優秀な整備士であり医者でもある。お互いがお互いに、掛け替えのない存在なのに。その筈、なのに。





窓から見えるいつもと変わらない風景。
まるで嘘みたいに幸せそうに笑いあうあのふたり。





幸せそうなあのふたりは彼らの幸せの影にボクたちの深い深いかなしみがひっそりと息を潜めて隠れていることを知らない。ボクたちが声をからして叫んでも、あのふたりの耳に届くことはきっとない。

いつだって誰かの幸せは誰かの犠牲の上に成立してる。そんな矛盾に満ち溢れてる世の中を、知らずにふたりは笑うのだ。とてもとても幸せそうに。

「別にいいけどね、ふたりが幸せなら」
「・・・うん」

ウィンリィは言いながら、スパナを握って再び作業に取り掛かる。
俯き加減の横顔に、流れた涙は知らん振り。
黄ばんだ壁に背中を預けて、ふたりの声に耳を傾けた。





かなしくなんてない、さみしくなんてない。
必死になって、自分の頭に言い聞かせた。





結局のところ、この世界はいつだって嘘と矛盾で満ちているのだ。





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20040223...アルとウィンリィ(と、エド?)。はなれていかないで。